ギターの演奏を語る時に「上手い」と「感動させる」は区別すべき

      2016/04/20

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区別して語ってみます!!


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まずは「上手い」と関係する練習時間と上達の話から

ギターを教えてると「◯時間やってるんですけどなかなか上手くなりません」という声が聞こえてきます。

おそらく練習時間に比例して上手くなると思っている人が多いのでしょう。

僕は比例のような分かりやすい上達はないと思っています。

グラフにすると緩やかな角度の停滞期を経て、ある日から突然急角度で上達します。

で、ある程度まで上がるとまた停滞期があって急成長の繰り返しではないでしょうか。この停滞期に嫌になって辞めてしまう人が多いのさみしいのですが。

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ちょっと話は逸れますが、急角度で上達してる時って何が起こってると思います?

僕は、それまでバラバラで理解してたものが大きな一つの意味を持つことに気付く瞬間だと思っています。

例えば、「薔薇」って書いて「バラ」読めますよね?

それはひとつひとつのパーツを見てるんじゃくて全体の大きなまとまりを見てるから「バラ」って読める訳です。

停滞期はこの「薔薇」って文字を1万倍くらいに拡大してパーツをひとつずつ見ているような状態ではないでしょうか。

視野が狭くなり全体を一気に眺められないので、あっち見たりこっち見たりして「薔薇」ってことに気付きません。

でもある日それぞれのパーツの配置が分かり「バラ」って読めた時が急成長の時です。

逆にこの「薔薇」って文字をずっと見続けていると「あれ?これで合ってたっけ?」といわゆるゲシュタルト崩壊が起こります。
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これがスランプじゃないかと思っています。

話を戻しますが、まずここで言いたかったのはギターは練習時間に対してきれいに比例はしないけど時間をかければ必ず上手くはなるということです。

「上手い」と「感動させる」という2つの軸

ものすごく上手いのに心に響かないギタリストってなんとなく見たことないですか?

地元のライブなんかに行くとたまにいますよね。

逆にすっごい下手なんだけど惹き込まれてしまう演奏というのもあると思います。

「上手い」っていうのと「人を感動させる」っていうのはきっと別の軸の話なんですよね。

「いや、俺はあの上手いギタリストの演奏に感動するけど?」って言われる人もいるでしょう。

たぶん、そのギタリストは「上手さ」と「感動させる」軸を2つとも持っていたのでしょう。

世界的な名ギタリストと言われる人でも「上手さ」の軸は必ずしも持ってなかったりします。下手したらその辺のおっちゃんの方が上手い場合もあるでしょう。

でも「感動させる」軸は必ず持っているんですよね。それ故に世界的な名ギタリストと言われるのではないでしょうか。

もちろんギタリストに限った話ではないですがおそらく僕らは「上手さ」ではなく「感動させる」部分でそのアーティストを好きになるのだと思います。

この話を自分のギタープレイにどうやって反映させて行こうかと思った時、壁にぶつかります。

「上手さ」の部分は最初に書いた通り、停滞期と急成長を繰り返しながらも長くギターを弾いていれば磨かれます。

「感動させる」方はどうやって鍛えたら良いのでしょう?

本読んだり、映画見たり、絵画見たり、恋愛したらすればいいのでしょうか?よく芸事は遊べなどとも言われます。

僕はそれらはなんとなく違うんじゃないかなと思っています。確証はないですが持って生まれた思考のクセではないでしょうか。(反論あればぜひ教えて下さい!!)

趣味でやるのか、ナリワイにするのか

僕もギターを弾いてそこそこ経ちましたが圧倒的にこの「感動させる」軸が不足しています。それは自分でもよく分かっています。

なので、地元のライブ・イベントなんかでギャランティーをもらったりすることはありますが、全国、はたまた世界を股にかけて活動したいとも思わないし、それだけをナリワイには出来ないと感じています。

でも、音楽やギターは一生続けていきたいという強い気持ちはあります。(こういう魅力がある音楽って不思議ですよね)

その過程のなかで「感動させる」軸を磨く方法が見つかればいいなと思う次第です。

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